診療ガイドライン | がん診療ガイドライン | 日本癌治療学会 (2024)

1 疫学

総論

前立腺癌の罹患数は2012 年に全世界で年間約110 万人,男性癌の14.8%で第2位であった。年齢調整罹患率は10 万人あたり30.7(世界人口基準)で,やはり第2位であった。罹患率は先進国で高く発展途上国で低く,その差は約5倍ある2)。死亡数は年間約31万人で6.6%を占め第5位,年齢調整死亡率は10 万人あたり7.8 で第5位であった2)

本邦では2011 年の罹患数が78,728 人,年齢調整罹患率は10 万人あたり66.8(1985 年人口モデル)で胃癌,大腸癌に次いで男性癌の第3位であった。2014 年の死亡数は11,507 人,年齢調整死亡率は10 万人あたり7.3 で,肺癌,胃癌,大腸癌,肝臓癌,膵癌,結腸癌,直腸癌,食道癌に次いで第9位であり,2000 年の8.6 をピークとして緩徐な減少傾向にある。2015 年の短期予測では罹患数は年間98,400 人(第1位),死亡数は年間12,200 人(第6位)と予測されている3)

人種別では,前立腺癌の生涯罹患率はアジア人で13人に1人,白人で8人に1人,黒人で4人に1人と推定されている4)。一方,ラテント癌の頻度はアジア人19.9%,白人26.7%,黒人26.2%と報告されており5),人種間の差は臨床癌ほど大きくはない。

前立腺癌のリスクとしては,家族歴は罹患リスクを約2.4〜5.6 倍に高めることが知られており,遺伝的要因の関与は確実と考えられる6)。ゲノムワイド関連解析研究(genome-wide association study;GWAS)によって同定された前立腺癌発症に関わる遺伝子座については,8q24 領域を筆頭に約60 カ所に及ぶが,個々の遺伝子多型のオッズ比は1.5 未満であり浸透率は低い7)

後天的な要因として推測されているのは,①生活習慣 (食事,運動,嗜好品,機能性食品等),②肥満,糖尿病およびメタボリック症候群,③前立腺の炎症や感染,④前立腺肥大症や男性下部尿路症状(lower urinary tract symptoms;LUTS),⑤環境因子や化学物質への曝露等が挙げられる。しかし結果が相反する報告も多く,前立腺癌の罹患に関与する後天的要因を特定することは困難である。

前立腺癌の自然史はラテント癌と臨床癌とで異なり,PSA 検査普及前後の時代でも異なるであろう。ラテント癌が若年男性にもみられて年齢とともに頻度が高くなることから,前立腺癌の多くは数十年の経過で極めて緩徐に成長すると考えられる。臨床癌は,PSA 検査普及前に行われた前立腺全摘除術と待機遅延ホルモン療法の無作為化比較試験(観察期間中央値13.4 年)では,全死亡率(57.6% vs 71.0%),前立腺癌特異的死亡率(18.2% vs 28.4%)ともに待機遅延ホルモン療法群で有意に不良であった8)。一方,PSA 検査普及後に診断された限局性前立腺癌患者を対象とした同様の研究(観察期間中央値10年)では,全死亡率(47.0%vs 49.9%),前立腺癌特異的死亡率(5.8% vs 8.4%)ともに群間に有意差は認められなかった9)。これらの研究から,前立腺癌は総じて進行は緩徐であるが,臨床的に診断される前立腺癌の一部は進行して致死的になると推察される。

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CQ1
前立腺癌の罹患率・死亡率はいくらか?

2012 年の全世界での前立腺癌罹患数は約110 万人で,男性癌の14.8%(第2位)を占め,死亡数は年間約31 万人(6.6%)で5番目に多い。年齢調整罹患率は10 万人あたり30.7(第2位),年齢調整死亡率は10 万人あたり7.8(第5位)である。いずれも欧米等の先進国で高く,PSA 検査導入後は死亡率が減少傾向にある。本邦における罹患数は2011 年に78,728 人(第2位(男性))で,2015 年に98,400 人(第1位(男性))へ増加することが予測されている。一方,本邦における2014年の死亡数は11,507人(第7位(男性))で,年齢調整死亡率は10万人あたり7.3(第9位(男性))であった。

解説

全世界の前立腺癌罹患数は2012 年に年間約110 万人とされ,男性癌の14.8%で,肺癌(約124 万人(16.8%))に次いで2番目に多い。死亡数は年間約31万人で6.6%を占め,5番目に多い2)。世界人口を基準とした年齢調整罹患率は,全世界で10 万人あたり30.7 と肺癌(34.2)に次いで多く,先進国では69.5と最多であるのに対し,発展途上国では14.5(第4位)と約5倍の差がある2)。世界の地域別にみた年齢調整罹患率はオセアニア(111.6),北米(97.2),西欧(94.9),北欧(85.0)の順で,西アジア(28.0),東南アジア(11.2),東アジア(10.5)等のアジア地域で低い。年齢調整死亡率は,全世界で10万人あたり7.8 と5番目に高い。先進国では10.0 で3番目に高く,発展途上国では6.6で6番目に高い2)。米国では死亡率が1990 年代前半をピークに減少が続いており,2011 年には47%低下している3)。前立腺癌の罹患には明らかな人種差があり,生涯罹患率はアジア人で13人に1人,白人で8人に1人,黒人で4人に1人と推定される4)

本邦では,2011 年の前立腺癌罹患数は年間78,728 人であり,すべての男性癌の15.9%を占め,胃癌(90,083 人(18.2%))に次いで2番目であった。1985 年を基準とした年齢調整罹患率は10 万人あたり66.8 で,胃癌(80.4),大腸癌(67.2)に次いで3番目であった。2000 年の年齢調整罹患率が22.9 であったので,10 年で罹患率は約3倍に増加したことになる。2014年の前立腺癌死亡数は11,507 人(第7位(男性)),年齢調整死亡率は10 万人あたり7.3 で,肺癌(39.7),胃癌(24.1),大腸癌(21.0),肝臓癌(15.0),膵癌(13.3),結腸癌(12.8),直腸癌(8.2),食道癌(8.0)に次いで9番目であった。年齢調整死亡率は2000 年の8.6をピークとして2005 年まで横ばいであったが,それ以降やや減少している(2014年で7.3)。2015年の短期予測では罹患数は年間98,400 人(第1位(男性)),死亡数は年間12,200人(第6位(男性))とされている5)

ラテント癌(臨床的に前立腺癌の徴候が認められず,死後の剖検により初めて確認される癌)の頻度は,アジア人19.9%,白人26.7%,黒人26.2%と報告され,人種間の差は小さい6)。経時的には,本邦の単一施設からの報告で,1983〜1989 年は20.8%(104/501 人),2008〜2013 年は43.3%(55/127 人)と増加していた7)。年齢別には,40 歳代,50 歳代,60 歳代,70 歳代,80 歳代,90 歳代の順に, アジア人では6.3%,17.3%,17.7%,25.4%,33.2%,50.0%,白人では15.0%,26.9%,33.3%,35.4%,49.0%,91.1%,黒人では24.7%,39.6%,56.7%(70歳代以降のデータなし)と,高齢者で高い6)。線形モデルでは,年齢が10 歳増す毎にラテント癌のリスクは71%増加する8)

偶発癌(臨床的に指摘されていなかったが,他疾患の治療のために切除された組織の検索で発見された癌)の頻度は,膀胱全摘除術を受けた男性68/114 人(59.6%)9),931/4,299 人(21.7%)等とされる10)。アジアでは,中国人で95/340 人(27.9%)11),日本人で91/349 人(26.1%)であった12)

参考文献

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CQ2
前立腺癌罹患リスクとしての先天的・遺伝的要因は何か?

前立腺癌の家族歴は罹患リスクを2.4〜5.6 倍に高める。HOXB13 G84E 変異保因者の罹患リスクは3.3〜20.1 倍高いとされる。その他の遺伝子変異や一塩基多型も罹患リスクとなるが,オッズ比はおおよそ1.5 未満であり,その影響は大きくない。

解説

白人を中心としたメタアナリシス(2003 年)によれば,第一度近親者に1人の前立腺癌患者がいる場合,前立腺癌罹患リスクは2.5 倍(95%CI:2.2〜2.8)に上昇する。父子の場合は2.5 倍(95%CI:2.1〜3.1),兄弟の場合は3.4 倍(95%CI:2.9〜4.1)とされる。また,第一度近親者の発症年齢が65 歳以上の場合のリスクは2.4 倍(95%CI:2.0〜2.9)であるが,65歳未満の場合は4.3 倍(95%CI:2.9〜6.3)に高まる1)。本邦の疫学的研究(2007年)では,第一度近親者に1人の前立腺癌患者がいる場合の罹患リスクは5.6 倍(95%CI:1.5〜20.5)であった2)。日本人を含むKiciński らのメタアナリシス(2011 年)では,第一度近親者に1人の前立腺癌患者がいる場合は2.5 倍(95%CI:2.3〜2.7),父親が前立腺癌に罹患した場合は2.4 倍(95%CI:2.0〜2.7),兄弟の場合は3.1 倍(95%CI:2.4〜4.2),第一度近親者に複数の罹患者がいる場合は4.4 倍(95%CI:2.6〜7.4)であった。第一度近親者の発症年齢が65 歳以上の場合のリスクは1.9 倍(95%CI:1.5〜2.5),65 歳未満の場合は2.9 倍(95%CI:2.2〜3.7)であった3)

前立腺癌罹患リスクに関連する遺伝子や遺伝的変異も知られている。高リスクの家系を対象とした連鎖解析では,RNASEL(1q25),ELAC2(17q12),MSR1(8p22),HOXB13(17q21)等が責任遺伝子として同定されている4)。HOXB13 G84E 変異(rs138213197)は2012 年にJohns Hopkins 大学の研究者らによって報告された比較的新しい遺伝子変異であり,コドン84 番目のグルタミン酸がグリシンに置き換わるミスセンス変異である。この変異は前立腺癌患者の1.4%(72/5,083 例),コントロール群の0.1%(1 /1,401 例)に認められ,罹患リスクは20.1 倍(95%CI:3.5〜803.3)となる5)。諸家の報告をまとめると,同変異保因者の前立腺癌罹患リスクは3.3〜20.1 倍とされる4)。家族性前立腺癌の家系では同変異保因者の割合は高く,前立腺癌に罹患していない男性の31%(42/137 例),罹患した男性の51%(194/382 例)に同変異がみつかっている。家族性前立腺癌の家系内における同変異の頻度は地域差があり,フィンランド22.4%,スウェーデン8.2%,北米0〜6.1%,オーストラリア2.6%である6)。人種別では,同変異の頻度は欧州人の家族性前立腺癌家系で4.8%であったが,アフリカ人家系,ユダヤ人家系,中国人家系では同変異はみつかっていない7)

2000 年代半ばからGWAS が行われている9)。前立腺癌罹患リスクと関連する一塩基多型の数は100 近くで10),日本人のGWASから発見された多型もある1112)。前立腺癌罹患リスクと関連する遺伝子座も8q24 領域を筆頭に約60 カ所に及ぶ13)。ただし,GWAS によって明らかにされた一塩基多型のアレル頻度には人種差があり,ある人種ではリスクとなる一塩基多型が他人種ではそうでないこともある1014)。また,個々の一塩基多型のリスクのオッズ比はおおよそ1.5 未満であり浸透率は高くないと考えられる13)

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CQ3
前立腺癌罹患リスクとしての後天的・局所的要因は何か?

前立腺癌との関連性が推測されている後天的要因としては,①生活習慣(食事,運動,嗜好品,機能性食品 等),②肥満,糖尿病およびメタボリック症候群,③前立腺の炎症や感染,④前立腺肥大症や男性下部尿路症状,⑤環境因子や化学物質への曝露,等が挙げられる。しかし,いずれの要因についても相反する研究があり,方法論的にも交絡因子を除外するには限界があるので,前立腺癌の罹患に関与する後天的要因を特定することは困難である。

解説

生活習慣と前立腺癌発生との関係および生活習慣の改善による前立腺癌の予防については,「2.(化学)予防」を参照願いたい。

肥満については,前立腺癌,特にhigh grade の癌のリスクと関係するとの報告が多い1)。メタアナリシスの結果,限局性癌,進行性癌のリスクはbody mass index(BMI)が増加するにつれてそれぞれ減少,増加したことが示されている2)。本邦からの報告では,BMI が高いほど低悪性度癌,高悪性度癌双方の発見率が上昇した3)。成人後の体重増加が著しいほど発癌のリスクが高まったとの報告もある4)

糖尿病は前立腺癌発生リスクを抑制するとの報告が多い5-7)。139,131 例の男性を12 年間経過観察したところ,糖尿病を有する男性の癌発生リスクは26%減少した(95%CI:0.63〜0.86)7)。一方,糖尿病は前立腺癌全体の発見率とは関係がなかったが,BMI≧25 の肥満者においてはGleasonスコア8〜10 の癌発見のリスクが有意に高かったとの本邦からの報告がある8)。Reduction by Dutasteride of Prostate Cancer Events(REDUCE)試験のサブ解析においても,糖尿病は正常体重(BMI<25)においてはGleasonスコア7〜10 の癌の発見リスク低下(オッズ比:0.35),肥満者(BMI≧30)においてはリスク増加(オッズ比:1.38)の傾向があったことが示されている9)

腹囲増加,高血圧,高血糖,脂質代謝異常を所見とするメタボリック症候群と前立腺癌の関係は明確ではない。メタアナリシスでは,メタボリック症候群は癌発生リスクを12%増加させたが有意ではなかった(p=0.231)10)。285,040 例を12 年間観察した大規模研究では,メタボリック症候群の前立腺癌発生率は11%,非メタボリック症候群のそれは13%と,むしろメタボリック症候群において前立腺癌発生が抑制されていた11)。一方,最近の大規模研究では,メタボリック症候群は前立腺癌,臨床的に重要な癌,Gleason スコア7〜10 の癌すべてのリスクを増加させたことが報告されている12)。メタボリック症候群の構成要因との関係では,個々の要因と関連を認めなかったとの報告12)から高血圧と腹囲増加のみが有意な因子であったとの報告10)まで様々である。本邦においては,高トリグリセリド血症の癌発見のオッズ比は60 歳以上の男性においては約2であった13)。脂質異常症薬スタチン使用による前立腺癌発生リスクの低下は7% (95%CI:0.87〜0.99,p=0.03)と報告されている14)

前立腺癌の局所的な発生要因として炎症の重要性が指摘されている1516)。しかし,前立腺炎と前立腺癌発生の関係は必ずしも一定していない16)。20 の症例対照研究を対象としたメタアナリシスでは,前立腺炎と前立腺癌の有意な関係が示されている (fixed effect model オッズ比:1.50(95 %CI:1.39〜1.62),random effects model オッズ比:1.64(95 %CI:1.36〜1.98))17)。原虫(T. vagin*lis),細菌(T. pallidum,N. gonorrhoeae,P. acnes,C. trachomatis),ureaplasma,mycoplasma あるいはウイルス(herpes simplex virus,BK virus,xenotropic murine leukemia virus-related virus(XMRV),human papilloma virus(HPV),cytomegalovirus)等も関与が推測されているが,結論は一定していない1516)。XMRV やHPV の関与は否定的とする報告が多い。

LUTS を主訴として外来を受診した日本人男性では,前立腺癌の発見率は4.4%と人間ドック検診や集団検診における発見率よりも高かったとの報告がある18)。一方,国際前立腺症状スコア(IPSS)が7点以下と8点以上の癌発見率はそれぞれ27.4%,32.7%と同様であったとの報告19)や,むしろIPSS が7点以下であることは前立腺体積に関わらず前立腺癌やhigh grade の癌発見の危険因子であったとの報告もある20)

太陽放射への曝露が少ないと前立腺癌の発生リスクが高いとの報告が散見されるが,メタアナリシスではこの傾向は明らかではなかった21)。公害や殺虫剤への曝露は危険因子である可能性がある。長崎の爆心地の近くで被爆した男性生存者の前立腺発癌リスクは高いとの報告があり22),放射線の影響も推測されている。

いずれの要因についても相反する報告も多く,結論は一定していない。交絡因子を除外するには限界もあり,前立腺癌の罹患に関与している後天的要因を特定することは困難である。

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CQ4
前立腺癌の自然史は?

前立腺癌の多くは数十年の経過で極めて緩徐に成長すると考えられる。そのため,前立腺癌保有者の多くは診断されることなく他の疾患で死亡し,一部が検診あるいは臨床症状の発現から診断されるものと推定される。前立腺癌は総じて進行は緩徐であるが,臨床的に診断される前立腺癌の一部は進行して致死的となる。

解説

生前に前立腺癌を疑う臨床所見がなく,剖検時に初めて確認された前立腺癌をラテント癌と呼ぶ。若年者の剖検による検討で,微小なラテント癌は30 歳代から認められると報告されている1)。1948〜2013年に発表された剖検による29 研究のシステマティックレビューでは,ラテント癌の保有率は年代とともに非線形的に上昇し,30 歳未満で5%,80 歳以上で59%であったと報告されている2)。ラテント癌は加齢とともに緩徐に発生・成長するものと考えられる。

また,臨床癌の罹患率は欧米で高く本邦で低いのに比べ,ラテント癌の頻度は地域差が小さいことが知られている3)。米国の黒人,白人,コロンビア人,ハワイ移住の日本人および日本在住日本人の剖検検体を用いたラテント癌の比較研究では,ラテント癌を浸潤型と非浸潤型に分けた場合,50 歳以上における浸潤型腫瘍の頻度は,黒人23.5%,白人18.2%,コロンビア人19.8%,ハワイ在住の日本人13.8%,日本在住の日本人8.8%であり,世界の前立腺癌罹患率と同様の人種差がみられた。しかし,非浸潤型腫瘍の頻度は人種による有意差がみられなかった。このことから,非浸潤型ラテント癌は生涯臨床癌にならずに経過する可能性が示唆された3)。すなわち,ラテント癌と臨床癌は生物学的に異なる自然史をもつ可能性が考えられる。

一方,同一施設での1955〜1960 年および1991〜2001年における剖検例の比較検討では,40 歳以上での前立腺ラテント癌の頻度が4.8%から1.2%へ有意に減少したとの報告がある。PSA 検査の普及によって早期に前立腺癌が診断されるようになり,ラテント癌の頻度が低下した可能性が示唆されている4)。このように臨床癌およびラテント癌の様相には変化がみられ,PSA 時代におけるラテント癌は生物学的に独立した小集団ではなく,長い前立腺癌の自然史におけるある1つの段階とも捉えられよう5)

臨床的に診断される前立腺癌の自然史はどうであろうか。PSA 検査が普及する以前の早期前立腺癌患者695 例を対象として,前立腺全摘除術と待機遅延ホルモン療法の無作為化比較試験が行われた。観察期間中央値13.4 年で前立腺全摘除術群200/347 例(57.6%),待機遅延ホルモン療法群247/348 例(71.0%)が死亡したが,前立腺癌特異的死亡はそれぞれ63 例(18.2%)および99 例(28.4%)であり,有意に待機遅延ホルモン療法群で多かった。また,観察開始から18 年の時点で待機遅延ホルモン療法群の67.4%がホルモン療法を受けたが,長期生存者の大部分は緩和治療を必要としなかった6)。また,PSA 検査普及後に診断された限局性前立腺癌731例を対象として同様の研究が行われ,観察期間(中央値)10 年で,前立腺全摘除術群171/364 例(47.0%),待機遅延ホルモン療法群183/367 例(49.9%)が死亡したが,前立腺癌特異的死亡はそれぞれ21 例(5.8%)および31 例(8.4%)であり,全死亡率および前立腺癌特異的死亡率に差はなかった7)。これら2つの研究から,臨床的に診断された前立腺癌においては,一部は癌が進行して死亡の転帰をとるが,緩徐に進行し他の疾患で死亡する患者が多いことが示された。

前立腺ラテント癌は若年男性にもみられ,年齢とともに頻度が高くなることから,前立腺癌は数十年の経過で極めて緩徐に成長すると考えられる。前立腺癌保有者の多くは診断されることなく他の疾患で死亡し,一部が検診あるいは臨床症状の発現から臨床癌として診断される。さらにその一部で致死的となるのであろう。すなわち,前立腺癌は総じて進行は緩徐であるが,臨床的に診断される前立腺癌の一部は進行して致死的となる。

参考文献

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2 (化学)予防

総論

『前立腺癌診療ガイドライン』では前版の2012 年版より「予防」に関する記載が新たに設けられ,本改訂版でも継続して取り上げられることになった。すなわち,本来の診療ガイドラインに記載される疾患の診断・治療とは直接的な関連は少ないものの,特に前立腺癌においては疫学的研究の進歩とその病態の解明が深まるにしたがって予防につながる検討が数多く行われ,予防医学の重要性も認識すべき重要課題と考えてのことである。まず,前版の「予防」で述べられた総論1)を要約して紹介する。

前立腺癌においては,その発癌の要因としてアンドロゲンとの関わりが強く,さらに,生活環境との関わりも指摘され,これらを考慮した予防戦略の構築が積極的に検討されている。そこで,本疾患の予防を考えるには,生活環境因子や宿主側因子に関する議論も重要である。

近年,前立腺癌化学予防への関心の高まりは著しい。しかし,最も高いエビデンスで証明された5α還元酵素阻害薬においてhigh grade の癌は,むしろ対照群より高率に発生したという病理学的結果や,薬剤特有の副作用への懸念,さらには医療費負担の経済的問題等も考慮すると,前立腺癌の化学予防法としては一般的に支持されにくい。したがって,医薬品による予防は,むしろ,早期低リスク癌患者を対象とした治療としての位置付けが妥当な方向性なのかもしれない。

一方,大豆食品等の食事面からの介入は,比較的問題は少ないと思われる。しかし,食事という習慣や文化に密接する問題では,その介入方法に慎重さが求められる。アジアでの前立腺癌の低罹患率が食事形態と相関があると仮定しても,アジア型食事形態を世界に求めることは,食の文化を根底から覆すに等しく,受け容れ難いものである。言い換えると,食事に関する科学的検討から新たな予防法の開発を目指す方向性が妥当と考えられる。

このように前立腺癌の予防について実に巧くまとめられており,前版の準備時点から約5年が経過した現在でも全く時代錯誤を感じさせることなく通用する。つまり,予防医学の研究内容は,日進月歩の著しい疾患の診断や治療法(技術)の進歩に比べると,長期間を要する膨大な規模の疫学的研究に支えられ,時には中長期を要する動物実験に代表される基礎的研究の介入も必要となることから,ややもすると軽視されがちである。また,対象集団や方法論のわずかな違いにより研究結果が多種多様を極め,その解析にも慎重さが求められる。しかし,超高齢社会を迎えた本邦において,今後の社会経済的に真に問われる医学のあり方であることはいうまでもない。

そこで,今回の「予防」においても,前述した化学予防薬としての5α還元酵素阻害薬,機能性食品としての大豆食品等に関する記載,つまり前版と同様のCQ についてその後の研究の進捗を記載するとともに,その他の化学予防として,アスピリン,スタチン,メトホルミン等を新たに取り上げた。結果の詳細は各CQ に記載されているが,治療編にみられるような高い推奨グレードはいまだ得られていないのが現状である。しかし,今後とも地球規模からの長期にわたる地道な研究が要求されるのではなかろうか。

参考文献

1)
赤座英之.予防 総論.日本泌尿器科学会(編).前立腺癌診療ガイドライン2012年版.東京:金原出版;2012.p.20.
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CQ1
生活習慣の改善は前立腺癌の予防に有用か?

推奨グレードC1
環境要因としてライフスタイルを改善することで前立腺癌の発症を予防できたとの明確なエビデンスはないが,生活習慣の改善が前立腺癌の予防に有効である可能性はある。食生活では,魚類に多く含まれているドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA),あるいは乳製品,カルシウム,脂肪等の摂取が前立腺癌のリスクに影響すると報告されているが,相反する報告もあり,いまだ明らかにされていない。最近では肥満やメタボリック症候群と前立腺癌の関連も指摘されている。ライフスタイルを変えることで,前立腺癌の予防に有効である可能性が示唆されている。

背景・目的

前立腺癌の罹患率には民族や地域間で大きな差があり,特に欧米人ではアジア人の約10 倍の発症率であるとされる1)。古くから日本人の前立腺癌の罹患率は欧米のそれよりも非常に低いものであったが,米国へ移住した日本人の前立腺癌の罹患率は日本に住む日本人と米国に住む米国人の中間になることが知られている3)。このことより,環境因子が前立腺癌のリスクを高めていることが推測される。最近の研究では,肥満は前立腺癌の発症に関与していることが知られてきており,また,メタボリック症候群(metabolic syndrome;MetS)も前立腺癌の発症に関連しているという報告も多い。しかしMetS と前立腺癌の発症の関係性はいまだ複雑であり,これからの解析が待たれるところである。

解説

1 食品は前立腺癌に影響するか?

疫学的研究から,前立腺癌に促進的に働く食品として高脂肪食があり,症例対照研究およびコホート研究における結果は一貫している4)。動物性脂肪に含まれる飽和脂肪酸は血清アンドロゲンを増加させるため,前立腺癌のリスクを高めるとされているが5),それ以外の要因も提唱されている6)。多価不飽和脂肪酸はヒト生体内で合成できない必須脂肪酸であり,食事から摂取する必要がある。ω-3 脂肪酸のうち魚類に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA),あるいはω-6脂肪酸のリノール酸等が代表的である。ω-3 多価不飽和脂肪酸やω-6 多価不飽和脂肪酸は,前立腺癌細胞の増殖を抑制することが示されている。6,272 例のスウェーデン人男性を30年間経過観察した疫学的研究では,魚をほとんど摂取しない男性は魚を多く摂取する男性と比べて前立腺癌の発症リスクが高く(相対リスク比:2.3(95%CI:1.2〜4.5)),前立腺癌による死亡リスクも高かった(相対リスク比:3.3(95%CI:1.8〜6.0))7)。スウェーデン人男性525 例を対象にした研究では,ω-3DHA やtotal marine fatty acid(全海洋脂肪酸)を摂取すると前立腺癌死亡率が40%低下し,total fat(総脂肪酸)や飽和ミリスチン酸等の飽和脂肪酸を摂取すると前立腺癌の生存率が悪化するとされている8)。しかし,ω-3脂肪酸と前立腺癌のリスクについてはあいまいな部分もあり9),さらに最近の報告では相反する結果も出ており10),現状ではその関係は明確ではない。

カルシウムの過剰摂取と前立腺癌についても研究されている。1日に2,000mg 以上のカルシウムを摂取する男性において,転移性前立腺癌のリスクは500mg 未満の男性の5倍近くになるとされる11)。12 件の前向き研究を解析したメタアナリシスでは,乳製品とカルシウムを多く摂取する男性では前立腺癌の発症リスクは高いと報告されたが12),別の45 件のメタアナリシスでは乳製品,ミルクの摂取量と前立腺癌の発症には関係を認めなかったと報告されている13)。現状では,乳製品やカルシウム摂取と前立腺癌のリスクは,関連が明確ではないと考えられる。

European Prospective Investigation into Cancer and Nutrition(EPIC)は,7カ国130,544 例を1993〜1999 年の平均4.8 年経過観察した野菜と果物の総摂取量に関する大規模コホート研究であるが,野菜と果物の前立腺癌予防効果は明らかではなかった14)。これら多数の研究から,食品が前立腺癌のリスクを減らすか増やすかについては明らかではないのが現状である。

2 喫煙は前立腺癌に影響するか?

喫煙と前立腺癌のリスクについては否定的な報告も多いが,最近まとめられた24 件のコホート研究21,579 例を対象としたメタアナリシスでは,喫煙本数,年数が多い男性は前立腺癌のリスクが上がることが報告されている15)。また,欧州の男性145,112 例を対象とした前向き研究(EPIC)16)においても,ヘビースモーカー(25本/日以上)あるいは40 年以上喫煙歴があると,前立腺癌の死亡リスクが上がった(相対リスク比:1.81(95%CI:1.11〜2.93),相対リスク比:1.38(95%CI:1.01〜1.87))と報告されている。最近の研究結果からは,ヘビースモーカーは前立腺癌死のリスクが高くなることが示唆されている。

3 運動,MetS,肥満は前立腺癌に影響するか?

近年,運動療法が身体的,精神的な改善をもたらすことが注目されつつある。運動による前立腺癌のリスクへの影響については,カナダ人を対象とした解析で,50 歳代前半の積極的な運動への取り組みが前立腺癌のリスクを減少させると報告されている17)。さらに,88,294 例を対象として運動と前立腺癌のリスクを検討したメタアナリシス18)では,totalphysical activity(総身体活動)を行うと前立腺癌リスクが低下し(相対リスク比:0.90(95%CI:0.84〜0.95)),特に20〜45 歳,45〜65 歳において有意に低下させるとしている。

Sourbeer ら19)は,前立腺癌の発症リスクについてのReduction by Dutasteride of Prostate Cancer Events(REDUCE)試験のPost hoc 解析で,6,426 例を対象に前立腺癌とMetS 因子との関連性について報告した。ここでは,糖尿病,高血圧,高コレステロール血症,body mass index(BMI)のうち複数のMetS 因子がある男性では高リスク前立腺癌(Gleason スコア7〜10)の発症リスクが高かったことが示された。またBhindi ら20)も,後ろ向き研究ではあるものの2,235 例を対象に肥満,高血圧,糖尿病または空腹時血糖異常,低HDL コレステロール血症,高トリグリセリド血症の5つの独立したMetS 因子と前立腺癌発症との間に有意な関連は認められなかったが,これらのうち3つ以上のMetS 因子をもつ患者は有意に前立腺癌発症のリスクが高かったと報告している。また,2,322 例のMetS 患者を34 年間追跡したスウェーデンの前向き研究では,他疾患による死亡を除外した場合は,MetS は前立腺癌の有意な発症リスクになるとの成績が示されている21)。しかし,MetS 因子と前立腺癌発症メカニズムの関係性はいまだ複雑であり,今後の解析が待たれるところである。

最近の研究では,肥満は前立腺癌の発症に関与していることが知られてきており,MetS 同様,前立腺癌のリスク因子として研究されている。Prostate Cancer Prevention Trial(PCPT)では,BMI<25kg/m2の男性と比較すると,BMI≧30kg/m2の男性では低リスク前立腺癌に罹患するリスクは18%低いが,Gleason スコア8〜10 の高リスク前立腺癌では78%増加することが示された22)。疫学における68,000 例以上の男性を対象としたメタアナリシスによる観察研究では,BMI の増加は前立腺癌全体の発症リスクとしては弱い相関性(5kg/m2のBMI 増加に対して相対リスク1.05 倍)を認めるのみであるが,この関係は進行性前立腺癌ではさらに強くなる23)。現時点での一般的な見解は,肥満は悪性度の低い前立腺癌と診断されるリスクを低下させるが,悪性度の高い前立腺癌の発症と前立腺癌死のリスクを高めると考えられている24)

以上の食品,喫煙,運動,MetS,肥満を考慮すると,リスクを上げる可能性のある要因を下げるライフスタイルに変更することは,前立腺癌の予防に効果が期待できる可能性がある。

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CQ2
大豆,緑茶,トマト等に含まれる機能因子は前立腺癌の予防に関与するか?

推奨グレードC1およびC2
前立腺癌では,食生活を中心とする生活環境要因が重要な役割を果たしている可能性がある。これまでの研究では,大豆の中に含まれるイソフラボン,緑茶に含まれるカテキン,トマトに含まれるリコペン等の機能因子による前立腺癌発症予防が注目されている。(推奨グレードC1)
しかし,海産物等に含まれるセレニウムやビタミンD,種実類や魚卵に含まれるビタミンE等の機能因子に関しては,前立腺癌に対する予防効果は明らかではない。(推奨グレードC2)
最終的に,疫学的研究や臨床研究からは,有効性において結論が出ている機能因子はなく,今後さらなる研究の発展が望まれている。

背景・目的

前立腺癌は世界的にみて発症頻度の高い癌の1つであり,特に欧米人ではアジア人の約10 倍の発症率であるとされる1)。本邦では前立腺癌が増加しており,その背景として腫瘍マーカーPSA の普及があるが,そのほかに高齢化や食生活の欧米化が影響を与えていると考えられる。前立腺癌では,食生活を中心とする生活環境要因が重要な役割を果たしていると考えられ,大豆イソフラボンやビタミンE 等の機能因子が前立腺癌の予防につながるか検証する。

解説

1 大豆イソフラボン

大豆イソフラボンは,豆類および大豆製品に多く含まれ,これらの摂取により前立腺癌のリスクが低下するとの報告がある。大豆イソフラボンとその誘導体「ゲニステイン,ダイゼイン」は,疫学的研究において前立腺癌予防効果が注目されている2)。中でもダイゼインの代謝産物であるエコールが注目されている。エコールは大豆イソフラボンおよびその誘導体の中で最もエストロゲン受容体(β)との結合能が高く,抗酸化活性が強いことが知られている。さらにジヒドロテストステロン(DHT)と特異的に結合することによりDHTとアンドロゲン受容体との複合体形成を阻害する効果も有することから,前立腺癌の予防効果が強く期待されている4)。ダイゼインをエコールへ代謝できるエコール産生者と,代謝できないエコール非産生者に分けた場合,前立腺癌ではエコール産生者の割合が有意に低いことが判明し,エコール産生に関連した腸内細菌も同定されている6)。この後,イソフラボン投与に関する無作為化二重盲検試験では,イソフラボン投与によりエコール産生者では血中エコール濃度が上昇したが,非産生者では濃度に変化はなかった。イソフラボン投与12 カ月後の針生検で,イソフラボン群とプラセボ群の間に有意差を認めなかったが,65 歳以上ではイソフラボン群がプラセボ群よりも有意に前立腺癌の発症率が低かった7)。イソフラボンは前立腺癌リスクを抑制する可能性が示唆されている。

2 緑茶とコーヒー

緑茶に含まれるカテキンが抗腫瘍効果をもつとされる。本邦で行われた大規模コホート研究では,40〜69 歳の男性49,920 例を追跡し,緑茶飲用と前立腺癌発症との関連が前向きに検討された8)。緑茶飲用と限局性前立腺癌の間には有意な関連を認めなかったが,1日5杯以上の緑茶を飲用する群では,1日1杯未満の群と比べて進行性前立腺癌の発症リスクが有意に低かった(相対リスク比:0.52(95%CI:0.28〜0.96))。また,60 例のhigh grade の前立腺管内上皮過形成(PIN)患者を緑茶サプリメント投与群とプラセボ群に分けた研究では,緑茶群において1年後の前立腺生検で癌発生が抑制されることも報告されている9)

疫学的研究からコーヒーが前立腺癌の予防効果をもつことが報告されているが,コーヒーがもつ前立腺癌の予防効果はカフェインとは無関係に認められており,発症予防の機序はわかっていない。米国から報告された約50,000 例の男性を20 年間経過観察した大規模なコホート研究では,多量のコーヒー摂取は進行性前立腺癌の発症リスクを低下させたと報告されている10)。また英国において6,017例を前向きに検討した結果では11),コーヒー摂取量が多いとhigh grade の前立腺癌のリスクは減るが,前立腺癌全体のリスクには影響がなかったとされた。最近の報告では相反した結果が出ており1213),12 件の論文を解析したメタアナリシスでもコーヒーと前立腺癌リスクとの関連を示すことができていない14)

3 セレニウムとビタミンE

セレニウムはニンニク等の植物や肉・海産物に含まれる微量元素であるが,細胞増殖抑制,アポトーシス誘導作用があることが知られている。前立腺癌におけるセレニウムの予防効果は,皮膚癌予防目的で行われた多施設共同研究で偶然に発見された15)。1,312 例をセレニウム群またはプラセボ群に無作為に割り付けたところ,セレニウム群で前立腺癌が発生したのはプラセボ群の約3分の1であった(相対リスク比:0.37(p=0.002))16)

一方,ビタミンEの前立腺癌リスクに対する影響をみた最大規模の研究は,フィンランドのAlpha-Tocopherol Beta Carotene Cancer Prevention(ATBC)Study であった17)。この研究はビタミンEにより肺癌発生率が低下するか評価するものであったが,前立腺癌は主目的である肺癌に付随して検討された。肺癌の発生率は低下しなかったが,前立腺癌についてはビタミンE が投与された群ではそれ以外の群に比べて前立腺癌の発症が有意に少なかった。しかしながら,American Cancer Society(ACS)による約70,000 例の調査では18),ビタミンEによる前立腺癌の予防効果はみられていない。このようなことからセレニウムとビタミンE に関しては大規模な無作為化二重盲検試験であるSelenium and Vitamin E Cancer Prevention Trial(SELECT)が行われた1920)。この研究では,PSA≦4.0ng/mL等の条件を満たす50 歳以上の男性35,533 例が4群(ビタミンEとプラセボ,セレニウムとプラセボ,ビタミンE とセレニウム,2つともプラセボ)に無作為に割り付けられ,前立腺癌の発症をエンドポイントとして行われたが,予定期間に達する前に予防効果が認められないことが明らかとなった21)。さらにその後の経過観察では,むしろビタミンEは前立腺癌のリスクを17%上昇させると報告されている1920)。しかし,前立腺癌患者においては,血中のビタミンE 濃度が健康人よりも有意に低いという報告もあり22),依然議論の分かれる部分でもある。

4 リコペン

リコペンはトマトに最も多く含まれる赤い色素で,抗酸化作用が強いとされている。トマトソースを週に2回以上摂取した群では前立腺癌の発症が有意に抑えられていたのに対し,野菜のトマトでは差がなかった23)。2004 年のメタアナリシスでは,トマトの消費と前立腺癌のリスクには少ないながらも関連があるとされた24)。49,898例を対象に1986〜2010 年に経過観察した結果では,リコペンの摂取量が多いと致死的な前立腺癌のリスクが減弱していた25)。理由として血管新生を抑制した結果と考えられた。また,最近のメタアナリシスでも,リコペンの摂取量が多いと前立腺癌の発症のリスクを減らす傾向にあるとされ26),リコペンに関しては前立腺癌を抑制する傾向があるとする報告が多い。

5 その他(ビタミンD,クルクミン)

ビタミンD は,活性型代謝物であるカルシトリオールが前立腺癌リスクを下げることを示唆するデータがある。限局性前立腺癌患者にカルシトリオールを投与し,3カ月後には20%の患者において25%以上のPSA 値低下を認めたとの報告がある27)

クルクミンは基礎的解析から,細胞の増殖や生存に関与しているNF-κB のシグナルを阻害することで,細胞のアポトーシスの誘導や増殖を抑制するとされる。大豆イソフラボンとの併用であるが,クルクミンにより有意に血清PSA 値が低下したという報告がある28)

以上のように,今後も機能因子が前立腺癌の予防に効果があるかさらなる研究結果が期待される。

参考文献

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CQ3
5α還元酵素阻害薬は化学予防薬として有用か?

推奨グレードC2
大規模RCT 等により有意な前立腺癌罹患率減少効果を認めたが,悪性度の高い癌を増加させる可能性を完全に否定することはできない。現時点では生存率への有意な効果や影響はないと考えられる。

背景・目的

5α還元酵素はテストステロンを活性型のDHTに変換することで前立腺癌の発生に関与するとされる1)。5α還元酵素には1型と2型があり,5α還元酵素阻害薬であるフィナステリド,デュタステリドはそれぞれ,2型のみ,1,2型両方の作用を阻害する。これらの5α還元酵素阻害薬が前立腺癌の化学予防薬として有用かを検証する。

解説

5α還元酵素阻害薬フィナステリドによる化学予防の研究としては,2003 年に大規模な前向きの無作為化比較試験(randomized controlled trial;RCT)であるPCPT が報告された2)。55 歳以上,直腸診所見正常,PSA≦3.0ng/mL の男性18,882例における7年間の経過観察中の前立腺癌罹患率を比較したところ,フィナステリド投与群で18.4%,プラセボ群で24.4%であり,フィナステリドの予防投与で24.8%の減少効果を認めた。しかし,減少したのは悪性度の低い癌(Gleasonスコア≦6)であり,悪性度の高い癌(Gleasonスコア7〜10)の罹患率はフィナステリド投与群で6.4%,プラセボ群で5.1%と増加していた(p=0.005)。また性機能に関する有害事象はフィナステリド投与群で多かった。

その後フィナステリド投与群で悪性度の高い癌が増加した理由の解析が行われ,前立腺体積減少の影響,悪性度の低い癌に対するより強い縮小効果,PSA の癌検出感度の増加等が報告された4)。このような経緯の中,American Society of Clinical Oncology(ASCO)とAmerican Urological Association(AUA)は合同で,関連する15 件のRCTに対するシステマティックレビューに基づいて,前立腺癌化学予防のための5α還元酵素阻害薬使用に関するClinical Practice Guideline を作成した5,6)。しかし,フィナステリド投与が悪性度の高い癌の発生を増加させる可能性を完全に否定することはできないとした。

2010 年にデュタステリドによる化学予防の研究として,REDUCE 試験の結果が報告された7)。50〜75 歳,PSA 2.5〜10.0ng/mL,6カ月以内の生検陰性の男性8,122 例における4年間の経過観察中の前立腺癌罹患率をプラセボ群と比較したところ,デュタステリド投与群で22.8%の罹患率減少を認めた(p<0.001)。ただし,フィナステリドと同様に減少したのは悪性度の低い癌(Gleasonスコア≦6)であり,悪性度の高い癌(Gleasonスコア7〜10)の罹患率はデュタステリド投与群で6.7%,プラセボ群で6.8%と差がなかった(p=0.81)。しかし,Gleasonスコア8〜10 の癌についてみると,デュタステリド投与群で0.9%,プラセボ群で0.6%と,有意ではないがデュタステリド投与群で多かった(p=0.15)。

その理由としては,PCPT と同様のバイアスに加えてREDUCE 試験に特有なバイアスが挙げられ,Food and Drug Administration(FDA)の勧告によりmodified Gleason スケールを採用してREDUCE 試験の結果を解析したところ,Gleason スコア8〜10 の癌罹患率はデュタステリド投与群で1.0%,プラセボ群で0.5%(相対リスク比:2.06)となり,PCPT におけるフィナステリド投与群で1.8%,プラセボ群で1.1%(相対リスク比:1.70)に類似した8)

以上のように,5α還元酵素阻害薬はlow Gleason スコア前立腺癌を減少させたが,high Gleason スコア前立腺癌を増加させた可能性が示唆された。その後,PCPTとREDUCE試験の追跡研究を含めて,この疑問に関するいくつかの報告がある9-12)。PCPT 参加者の経過をSocial Security Death Index を用いて最長18 年まで観察した研究では,フィナステリドを以前服用していた症例における全前立腺癌罹患率は約3分の1減少していたが(相対リスク比:0.70(p<0.001)),high grade の癌は増加していた(相対リスク比:1.17(p=0.05))9)。ただし,2003 年のPCPT 第1報のhigh grade の癌検出の相対リスク比(1.27(p=0.005))と比較すると,そのリスクは減少していた。一方,REDUCE 試験参加者2,751 例に対するその後2年間の電話調査では,デュタステリド投与群とプラセボ群における全前立腺癌の診断数はそれぞれ14 人,7人とデュタステリド投与群で多かったが,Gleason スコア8〜10 の癌は両群とも検出されなかった10)

これらの前立腺癌化学予防薬としての有効性を検証した研究のほかに,前立腺肥大症治療薬として服用した実臨床データに関する報告がある。Prostate Cancer data Base Sweden 2.0 を用いたnationwide, population based case-control study では,前立腺肥大症に対する5α還元酵素阻害薬は服用期間につれて全前立腺癌罹患リスクを減少させ,3年超服用した症例でのオッズ比は0.72(p<0.001)であった。一方,Gleason スコア8〜10 の癌は3年超の服用で有意な増加を認めなかった(p=0.46)11)。また,米国のHealth Professionals Follow-up Study における38,058 例の前向き観察研究では,5α還元酵素阻害薬服用歴がある場合,全前立腺癌罹患リスクは0.77 と減少したが,Gleason スコア8〜10 の癌や致死的癌(metastatic or fatal)の発生リスクは増加しなかった(ハザード比:それぞれ0.97,0.99)12)。以上より,文献9)ではhigh Gleason スコアの癌を増加させた可能性を否定できないが,現時点ではhigh Gleason スコアの癌の有意な増加を確認した報告はないと考えられる。

いうまでもなく,化学予防薬としての有用性の検証で最も重要なエンドポイントは死亡率低下効果である。前述のPCPT 後の観察研究9)では,フィナステリド群とプラセボ群の15 年全生存率はそれぞれ78.0%,78.2%で,両群間に有意差を認めなかった(ハザード比:1.02(p=0.46))。さらにlow grade の癌と診断された症例の10 年全生存率はフィナステリド群とプラセボ群でそれぞれ83.0%,80.9%,high grade の癌と診断された症例では73.0%,73.6%といずれも群間有意差を認めなかった。また英国での4つのデータベースを用いて前立腺癌患者13,892 例を最長12 年間(平均4.5 年)観察した後ろ向きコホート研究13)では,前立腺癌診断前の5α還元酵素阻害薬の服用歴は前立腺癌死亡率(ハザード比:0.96)ならびに全死亡率(ハザード比:1.05)と有意な相関を認めなかった。以上より,現時点では5α還元酵素阻害薬の生存率への有意な効果や影響はないと考えられる。

参考文献

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CQ4
前立腺癌の化学予防として有用な薬剤は存在するか?

推奨グレードC2
前立腺癌の化学予防については,アスピリン,スタチン,メトホルミンが多く検討されているが,その効果については報告によって様々である。これらの薬剤が化学予防として有用かどうかは,現時点では明らかではない。

背景・目的

CQ3 において取り扱われた5α還元酵素阻害薬を除いた薬剤のうち,前立腺癌の化学予防に有用な可能性があるとして研究が進められているものに抗血小板薬(アスピリン,非ステロイド性抗炎症薬(nonsteroidal antiinflammatory drugs;NSAIDs)),スタチン,血糖降下薬(メトホルミン)が挙げられる。本項ではこれらの薬剤の化学予防効果について検証する。

解説

前立腺癌の化学予防として最も研究が盛んなのはアスピリンである1)。本来の抗血栓薬としての作用機序であるシクロオキシゲナーゼの作用阻害を通じた発癌抑制,浸潤・転移抑制効果ならびにアポトーシスの誘導効果等が考えられている。2013 年までに報告された症例対照研究,コホート研究のメタアナリシスでは,有意ではあるものの10〜14%の相対リスク低下しか認めていない3)。また,米国の2つの前向きコホート研究の解析では年齢調整を行っても2%,多変量解析を行っても3%の相対リスク低下と,有意な差を認めていない4)

一方,スタチンは本来の脂質異常症治療薬としての作用機序であるHMG-CoA(3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル補酵素A)還元酵素阻害を介したメバロン酸合成経路の関与を通じた増殖シグナル抑制効果,アポトーシス誘導効果が認められている。スタチンに関する15 件のコホート研究と12 件の症例対照研究を含めたメタアナリシスでは,前立腺癌全体で7%,進行性前立腺癌で20%の相対リスクの低下を有意に認めているが,5年以上の長期スタチン内服において有意差は消失している5)。また,人種を限定した症例対照研究では,非ヒスパニックの黒人および白人において,スタチン内服群は非内服群に比較してハザード比を14%下げるものの,有意差を認めなかった6)。いずれの報告もスタチンの化学予防効果については限定的で,米国で行われた前向きコホート研究ではスタチンには化学予防効果はないとする結果が出ている7)

メトホルミンはビグアナイド系薬剤に分類される2型糖尿病(非インスリン依存型)治療薬である。本来の作用機序であるアデノシン1リン酸(AMP)活性化キナーゼの活性化を介した増殖抑制効果や癌幹細胞に対する効果等が認められている。メトホルミンについては前立腺癌の化学予防効果を検証した報告はあるが,台湾人におけるデータベースからは前立腺癌リスクを低下させるという報告はあるものの8),他の報告では前立腺癌の罹患に相関を認めていない10)

いずれの報告も,人種や年齢,内服薬等,均一でない集団に対して検討されており,十分に交絡因子を考慮できていないことから,より質の高いRCT が待たれる。

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3 検診

総論

前立腺特異抗原(prostate specific antigen;PSA)検査を用いた前立腺がん検診は,欧州で行われた無作為化比較試験(randomized controlled trial;RCT)であるEuropean Randomized Study of Screening for Prostate Cancer(ERSPC)によって,死亡率低下効果が確実であることが証明された1)。ERSPC の約60%のデータ提供を行っているスウェーデン・イエテボリのRCTは,経過観察期間中央値が14年と最も長く,検診群は2年毎のPSA 検診受診介入を行い,実際に約75%が少なくとも1回は検診を受診し,対照群のPSA検診のコンタミネーションが抑制された結果,intention-to-screen(ITS)解析で44%の高い癌死亡率低下効果が証明された2)。RCT で証明された癌死亡率低下効果は,実践的な検診の有効性検証研究であるオーストリアのチロル地方の研究でも証明され,20 年間の経過観察でPSA 検診曝露率が86.6%と高くなった結果,実測死亡率は死亡率の予測値に対して64%低下した3)

本邦における住民検診での前立腺がん検診の実施率は,公益財団法人前立腺研究財団による2015 年調査4)では83.0%と実施率は上昇傾向にあり,日本人間ドック学会と前立腺研究財団の平成17 年度の調査ではPSA検査がオプション選択できる人間ドック施設は88.9%であり5)受診機会は徐々に増えているものの,発見される前立腺癌の10%前後は診断時に骨転移を伴っており6),PSA 検診の曝露率は依然として低いと予測される。本邦の前立腺癌死亡数は上昇しつづけていることからも7),住民検診や人間ドック等でのPSA 検診の受診機会を広げ,多くの検診対象者に適切な情報提供を行い,本ガイドラインの推奨する,より精度の高い検診システムを整備することが大切である()。

がん検診の導入にあたり,死亡率低下効果という最も重要な利益が明らかになったPSA 検査を用いた前立腺がん検診ではあるが,一方でその死亡率低下の過程において過剰診断,過剰治療や治療によるQOL の低下によって不利益を受ける可能性もある。それらの不利益は,(PSA)監視療法やQOL を考慮に入れた低侵襲的治療の進歩,新しいバイオマーカーの臨床応用等により,より不利益が少なくなり,利益が大きくなる方向で進化することが世界の研究動向からも期待されているが,現時点でのæ¤

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